会員寄稿文
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   〜 合氣道を楽しんでいます  〜
   H14/09      中 祖 真 二    
 自分が合気道を始めたきっかけは,やはり,強くなりたいと思ったからです。空手や柔道など武道にはいろいろありますが,「若年からお年寄りまで誰でも気軽に始められる!」というキャッチフレーズが目にとまり,単純に合気道に決めてしまいました。
 実際に始めてみると,最初は分からなかったのですが,なんと奥の深い武道なんだと最近になってつくづく感じています。中心力,気,円い動きなど,まだまだ理解できず,体もついていきませんが,わかるようになれば,心身ともに本当に強くなれるんだと思いながら一生懸命稽古しています。
 繰り返し繰り返し,ただひたすら稽古することが上達につながり,合気道の根本である「気」をよめるようになると先生が言われていましたが,それをいつも念頭におきながら,ただただ,無意識に稽古しています。その甲斐あってか,入門当初は随分体に力が入っていましたが,この頃は,だいぶ力を抜いて稽古できるようになったように思います。
 最初に基本のかまえを教わり,いくつかの型も自分なりに覚えるうちに,先生のお言葉どおり,繰り返し稽古していれば,無意識のうちに体は自然と覚えてくれるものなんだと,しみじみ実感しています。でも,究極の目標は,先生のように「気」をよめるようになることです。
 
 近頃は,ただ単に強くなりたいということだけではなく,合気道という武道のすばらしさを肌で感じながら心から楽しんでいます。今では自分の生活の一部になり,精神的にも,肉体的にも合気道に支えられているような気がしています。
 特にビバ道場は,古谷先生をはじめ,明るく親切な方々ばかりですので,これからも楽しみながら長く続けていけると思いますので,よろしくお願いします。

 最後に先生に伺いたいのですが,先生にとって,合気道をやっていて一番に良かったと思うことはなんですか。これからの稽古の励みになると思いますのでぜひ教えてください。

ご質問にお答えします                 古谷 貞雄
 その答えは、『いまこうして生きている(生かされている)ということです』。少々キザですかね。
 私は、合氣道の転換動作と柔らかい受け身のお陰で、二度の交通事故の折もカスリ傷一つ負わず助かりました(事故なのに、結果は事故になっていません!)。まさに『基本に極意あり!』です。
 その後35歳の時死線をさまよう体験をしました。『直腸腫瘍』の検査中でした。3回の検査入院のあげく、人工肛門の手術を勧められ、医薬を断つという大きな決断をしました。
 それまでとにかくお医者さんが大好きで、風邪といえば点滴、疲れたといっては点滴、三度の食事の度に大量のビタミン剤や薬の服用。その結果が、なんてこったい! この始末・・・。

 私は180度思いを変えました。光線療法・健康食品(この時がビバとの出会いです)など、自分の自然治癒力を高める方法を選び、日々生き延びていることを確認しながら数年間過ごしました。
 体にメスを入れず、全責任は自分もち、まさに命がけで自分の人生を自分の判断に賭けたのです。
その時に役立ち、心の支えになったのが『合氣道の理念』なのです。
 「争わざるの理」を、病気との関係に活かしたのです。今までの自分は病気と闘おうとしていたことに気付き、病気に意味を見出すことにしたのです。苦しくても痛みがあっても、いま自分を生かしてくれる為に「病気さんが自分の生き方を正し、間違いを直す天使」と思い、全てを受け入れるという考え方に、自分でも不思議なくらい変えることができました。(一氣でないと物事は変わらない)
 
 「決めたことならどこまでも」とフラフラする、痩せ細った体で道場通いです。風邪をひこうが、熱があろうが、まわりの心配をよそに、稽古のある日は一日も休まなかった。命あるうちにと思うと一日が貴重に思えました。すると不思議なことに会社も皆勤、次第に体が軽くなり体重も徐々に増えだしてきました。体重が増えると重くなる筈なのに軽く感じる。逆に心は軽くなる。

 一日一日が楽しくて仕方ない。稽古が待ち遠しい。そして、その延長がいま現在につながったのです。

 “稽古は愉快に”合氣道には相手(敵)はいないのです。もしいるとすれば“自分の心の中にある自我”という敵です。
 自我をなくせば無我。無我無心で素直に、人間形成に最適な合氣道を楽しめば、こころも身体もイキイキワクワク。そんな仲間を増やしたいと思念しています。