会員寄稿文
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    〜 『 日々の稽古 』
  〜  H13/08       福山 八木 秀樹
 合気道の稽古は、型の稽古を主に行なうが、これはまず言語を学び覚える事と等しく、繰り返し何年も刷り込んでいく必要があることは、周知のとおりですが、肝心なのはこれから先だと思います。

 山口先生から、「合気道は武道鍛練法だよ」 と聞いた記憶が有りますが、型稽古を通じて、その理合、働きを知り、その型を忘れて生じるときが技であると言うような意味と理解しています。
 日々の稽古における、自己の無理を自覚し、真を求めて行く姿勢が大事と感じています。逆に、何年稽古しても、それがないと又、大きな進歩は無いのではないかと思ったりします。
 ある師範が、心と体の解放の重要性をおっしゃっていましたが、解放とは的を得た表現だと思います。
 又、安野師範は「動きの中で、手が目立ちすぎるとか、からだのどこかが目立ちすぎるのはよくないよ」とか、「手を忘れるように(体の中心で動けの意)」、自分も忘れている訳では無いが、そうなろうと努力はしているんだ、と言っておられました。

 最近になって、新しい人を指導する機会を得て、熟達した人たちとの違いが、その姿勢(胸、肩、腰、頭、膝)、重心の移動、力みや硬直、重みや切れ等、当然の事では有りますが、基本的なところに違いがあります。上級者、初心者ともに日々の稽古を大事にしたいと思っています。

〜『日々の稽古』その2〜 H14/11   
 基本技は大事だから、これをしっかり稽古しなさいと言われる。
もちろん私も、まさにその通りと思っています。ただ、おおよその形が出来るように成った頃には、その技の理合、働きを早いうちに知ることが、より面白さが増して来るのではと思っています。

 参考までにY師範の指導を私の勝手な解釈でいいますと、
 まず「片手持ち体の転換」では、触れる瞬間(当り)を大事に、触れているところを大事にと、向きたい方向に腹から先に(手はあとから付いてくる)、そして位置は自分に都合のいい角度に(楽で、しっかりしている)。その位置から、前後上下に呼吸投げ、四方投げ、体当り等の技の出す事のできる、体の転換でなければならない。何のための型(稽古)なのか、解ってやることが大事なのでしょう。

 又「四方投げ」では、剣を中段から振りかぶる過程の途中のどの位置でも、呼吸投げ、体当り等、行えるように、過程を大事にするようになど。その過程の集積が結果として「四方投げ」となる。 
そうなると、受けの方も、「四方投げの時は四方投げ」ばかりとは限らないので、変化に対応できる必要が生じ、相乗効果大。

 又「一教」では、線よりも点で捉えると、変化し易いと、手のさす方向に助長すれば、四方投げ、入身投げ、へと変化していく。

 結局、文章では現在、自分の各々の型における理合を表現する事が出来るに及ばないのですが型のもつ働きを知るための稽古を続けて行きたいと思います。

 山口先生の言葉のなかに、「相手をおもいきり投げようと思わないで下さい、ちょっと崩れる程度でいいんだ」。これ位の気持ちでやると変化し易いと言うような、そうかと思えば、しっかり崩して技に行くようにとか、動中静、静中動など、聞く側も柔軟性、予備知識がないと混乱しますね。 
 皆様これからも楽しく、厳しく、お付き合いお願いいたします。